2009年09月27日

おくりびと

いつか、あたしのお父さんやお母さんが、旅立つときがくる。
よっぽどのことがない限り、それはあたしの旅立ちよりも、早い。

そのとき、あたしはどんな風に、ふたりを送り出すのだろう?

でも、そう考えるより先に、一瞬ふたりより先に旅立つことを考えてしまった。
ふたりがいない世界なんて、今のあたしがこの世に在る意味がない。

たぶん、あたしは耐えられず、気が振れてしまう。
ふたりより先に、逝きたい。

それが、あたしの、自分の”命”に対する優先度が低い、大きな理由な気がする。

でも、あたしが先に逝ってしまったら、たぶんふたりはひどく悲しむだろう。

それにしても、葬儀屋さんとか納棺士に対する世間の目って、あれが普通なのかな?
cennet的には、とても神聖な職業だと思っていたのだけれども。

世間の価値観が、理解できない。
posted by cennet at 08:00| 東京 曇り| Comment(44) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今後、

ずいぶん永いこと、こちらのブログをお休みしていた。

本来、”映画”というものにとても恋をしていて付き合ってきたはずなのに、いつしか書くために観るようになってしまった自分に気付いたから。

そのうち、泳いだり、恋をしたり、サイト立ち上げたり、メキシコ行ったり、手術したり。
なんだか、忙しくなってしまって。
生活の、他の部分へ懸ける比重が大きくなってしまって。
認めたくないけれども、映画自体への優先順位が下がってしまったの。

しかも、”書くために観る”自分が嫌で嫌でたまらなくなった。
本来、観た作品に対する気持ちというのは、誰かに伝えるものではなく、
自分の中で育てて温めて守ってきた。
そーいう観かたをしてきたはずなのに。

それで、作品を観ても、書くことを頑なに拒んできた。
しかし、心の中に留めておくには限界がある。
違う作品を観たら、それ以前に発生した、純粋な自分の感情が変化してしまうことに気付いた。

それも、違う。
それは自然なことだけれども、上書きされてしまうことは望んでいない。

そして思った。
書くことは大切だ、と。
ただ、その書く目的を間違えなければいい。

今後はとりあえず。
素敵な作品に出会えたら、伝えるために書くのではなく、
自分のために書くことにする。
そのとき、自分がどう感じたか。
何を思ったか。
それを、未来の自分のために書く。

余談だけれども、最近、思うこと。

作品への気持だけではないと思うけれども、
自分の気持を伝えることは大して大切じゃないと気付いた。

感じてもらうことが大切だ、と。
気持を言葉にしなくても、想いが伝わるように生きていかないといけな
い、と。
そうやって生きていく中で、感じてくれたヒトが、
あたしのソウル・メイトだ。
posted by cennet at 07:50| 東京 曇り| Comment(1) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月11日

深夜特急

興味はあるものの、これまでなんとなく、読む気になれなかった。
たぶん、読み始めたらハマってしまう。
しかも、cennetのことだから、彼の旅から影響を受けて、
自分らしい旅ができなくなってしまうのが怖かった。
それでなんとなく、敬遠してきたの。

だけれども、クロアチアで滞在した日本人宿で、
数ある蔵書の中から、なぜか手にとってしまった。

その宿にあったのは、『5:イスタンブール・ギリシャ』の巻だけ。
cennetが、かつて愛してやまなかったトルコ・・・。

トルコがまた、cennetを呼んでいるのかもしれない・・・。
最初はそう思った。
反面、今いるクロアチアに身も心も染まりつつある自分が、
トルコから精神的に卒業するつもりで、無意識に手に取ったのかも。

判らないけれども、なんだか読み始めてみた。
それは、その宿を去る日の2日前のことだった。
おもしろい!
やっぱり夢中になってしまった。

結局読み終えることができなかったけれども、
帰国したら、絶対に最初から読もう、と心に決めたの。

帰国して一ヵ月後。
とうとうそれを図書館で借りてきた。

すぐに夢中になった。
あっという間にハマった。

作者であり物語の主人公である沢木さんの旅に、一喜一憂している自分がいる。

彼が旅した時代というのは、cennetが産まれる前の時代。
今から比べると、海外を旅することはとっても困難な時代だったでしょう。
彼の目に映ったインドやパキスタン、バングラディシュ、アフガニスタン・・・。
まさに混沌とした世界で、時には胸が締め付けられ、
時には心を穏やかにさせられ、彼が旅していた間中、
あたしも一緒に旅をし、心が体験をしているかのような心境になった。

そして、感じた。

こんなこと言ったら大変おこがましいかもしれないし畏れ多いことかと解ってる。
沢木さんのファンが知ったら、ひどく批難されるでしょう。

だけれども、あたしは感じた。

”あたし、沢木さんに感性とか考え方とか、似ているかも”と。

もしかしたらcennetだけじゃない。
これを読んで夢中になった読者のみなさんは、みんなそう思ったのかも。
たとえそうだとしても、あたしは自信を持って言える。
”あたしは、沢木さんに似ている”と。

『深夜特急』を読んだら、あたしは沢木さんの旅に影響を受けると思っていた。
でも、読んでみて、あたしは影響を受けないと感じた。
影響を受ける受けないの問題じゃなく、
何も考えなくても、あたしは沢木さんのような旅をするだろう。

そして、沢木さんのお話を読んでいて思った。
”全ての旅人の旅には、神さまがついているのだ”
と。

自分を”旅人”と呼ぶにはまだまだ端くれでひよっこだけれども、
cennetはこれまでの旅にいつも神さまの存在を感じていたの。

ここぞというときに、手を差し伸べてくれる神さま。
そして、その場所にあたしを呼び寄せる神さま。
素敵な出会いを与えてくれる神さま。

あたしは、自分の旅には神さまがついているのだと、
傲慢にも思っていた。

でも、沢木さんのお話を読んであたしだけじゃない、と思った。
神さまは、すべての旅人にいつもついていてくれるんだ。

だからみんな、一人旅をする人ってすてきになんだ。

前置きが永くなったけれども、『深夜特急』の中で、
cennetが特に、胸を打たれたシーンや言葉、沢木さんの感情、cennetが共感したところを書き残しておきます。
ずっと忘れないように。

cennetが生活の中で、自分を見失いそうになったとき、
これを読んだらまた自分の世界に戻ってこれるように。

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・しかし、持てる者が常に由良かで、持たざる者が常に貧しいかといえば、それはそう簡単なことではない。
 ”---貧困は僕にとって必ずしも忌むべきものではなかった。なぜなら、太陽と海とは決してお金では買えなかったから。”
・”この人生のことを僕はなにもおぼえてゐない。それは、雨のせゐだ。一滴、一滴が僕をねむらせ、おぼえてゐないでいいといふ。”
・感動を呼ぶのが何なのか、よくはわからないんですけど、本当に自分が傷を負ったり、命を落としたりすることをみんなに見せながらお金を稼いでいるという、きっとそんなところに魅かれるんでしょうね。
・しっかりした形のあるものを作って、そして、売ってお金をもらう。
・自分がここで死ぬんだといつところを早く見つけたいという、そういう気持ちはありますね。
・私は私に向って罵りたくなった。はるか年下のカマルに本気で腹を立て、少しも優しい気持を持てずに意地の悪いことをしている。こんなふうに荒んだまま、本当に、どうして旅を続けなければならないのか。
・その犬だけではなかった。羊の群れに犬がついているかぎり、必ず犬はバスに向ってきた。激しく吠えたてながら砂漠を疾走してくる犬たちに、心が震えることもあった。条件反射的な行動なのだ、過剰な思い入れは必要ないのだと思い聞かせているのに、何度目かの時に、突然、涙が流れてきた。畜生、どうも心身ともに弱っちまいやがった。そう呟いてみたが、自分を納得させることはできなかった。
・「不思議に人間というやつも、その動物たちのひとつにすぎないのだということが、よくわかるような気がするんだな」
・空は恐ろしいくらいに蒼く、日差しは痛いくらいに強い。二千五百年分の陽光を吸い込んだ巨大な石畳からは、めまいのしそうな熱気が立ち昇ってくる。
・確かにアリは老いていた。しかし、彼は自分にそのまま老いることを許さず、老いを迎え撃とうとしていた。なるほどね、そういうことですか。
・”若いうちは若者らしく、年をとったら年寄りらしくせよ。”
・”老いたら一つの場所に落ち着くよう心掛けよ。老いて旅するは賢明ではない。特に資力ない者にはそうである。老齢は敵であり、貧困もまた敵である。そこで二人の敵と旅するは賢くなかろう。”
・そうなのだ、ビー玉に関しては、少年時代の私は誰にも負けない「黄金のプレイヤー」だったのだ。
・それが彼における「メモリー」のルールだったのだろう。
・たぶん、本当に旅は人生に似ているのだ。どちらも何かを失うことなしに前に進むことはできない・・・。
・私は自分をこう慰めていた。心を残しておけばいつかまたここに来られるかもしれないのだから、と。
・しかし、一方で、私は自分の深いところで腐りかけているものがあるのを感じていた。
 旅は私に二つのものを与えてくれたような気がする。ひとつは、自分はどのような状況でも生き抜いていけるのだという自信であり、もうひとつは、それとは裏腹の、危険に対する鈍感さのようなものである。だが、それは結局コインの表と裏のようなものだったかもしれない。「自信」が「鈍感さ」を生んだのだ。私は自分の命に対して次第に無関心になりつつあるのを感じていた。
・トルコからギリシャに入るということは、まさに白と赤に塗り分けられた橋から白と青に塗り分けられた橋に入るということであったのだ。まったく、これほどはっきりした国境もない。
・私が、これまで通って来た国では、どこでも人々は「茶」を飲んでいたが、面白いことにどこでも「チャ」か「チャイ」と発音されていたという話をすると、ハナモチ氏はそうか、というように深く頷き、トルコ人はチャイが大好きだが、ギリシャ人はチャイを飲まずにコーヒーを飲むのだと言う。そして、チャイの国はみんな仲間なのだ、と言い出した。なるほど、「アジアはひとつ」などという言い方にはどこまでがアジアなのかわからないという曖昧さがあったが、茶を飲む国とコーヒーを飲む国に分ければわかりやすい。もしそれを基準にすれば、トルコまでがアジアということになる。
・「彼らがTで始まるチャイを飲んでいる。でも、僕たちはCのチャイを飲んでいるのさ」その時は笑うだけだったが、あるいは一面の真理をついていたのかもしれなかった。
 いずれにしても、私はトルコからギリシャに入ることで、アジアからヨーロッパへ、イスラム教圏からキリスト教圏へ、茶の国からコーヒーの国へ、「C」の茶の国から「T」の茶の国へと、違う種類の国へ来てしまっていたのだ。
・滅びるものは滅びるに任せておけばいいのだ。滅びのあとに生まれるものがあれは生まれればいい。滅びたものを未練に残しておくことはないのだ。スパルタは死んでいた。しかし、このスパルタの徹底した潔い死には、アテネのアクロポリスのあの壮大な骸のような美しさは打ち勝てないのだ、などと思ったりもした。
・異国に暮らして不自由なことはないですか。私が訊ねると、彼は自信に満ちた口調で言った。何も不自由はしていない。なぜなら私にはテレビも必要ないし、新刊本も必要ないからだ。ただ、昔読んだ古い本を読み返していればそれでいい・・・。
・「中世の宗教都市だが、ここも徹底的に破壊されている。だが、美しい町だ。廃墟の町というのは美しいものだ・・・」
・私はこのような美しい風景を見るために旅をしているのではない。だが、このような風景でないとしたら、いったい何だというのか。
 ふと、古代スパルタの廃墟で会った老人の顔が浮かんできた。彼はあそこで何をしていたのだろう。本を読んでいたわけでもなく、考えごとをしていた風もなかった。ただぼんやりしていただけだった。もしかしたら、と私は思った。あの老人は、ああやって誰か話相手になりそうな人が来るのを待っていたのではあるまいか。英語が話せるのかと訊ねてきた彼の調子には、驚きだけでなく、話相手が見つかった喜びのようなものも混じっていたような気がする。今思い返せば、逃したくないという切迫した感じさえなくもなかった。確かに、彼にはテレビも新刊本も不必要だったろう。しかし、彼もまた人だけは必要としていたのではなかったか。
・用意されたベッドで横になった私は、電気を消した部屋の中でなかなか寝つかれなかった。それはベッドのスプリングや枕などのせいではなく、この一夜が旅の神さまが与えてくれた最後の贈り物なのかもしれないな、という感傷的な想いがどうしても消えようとしなかったからだ。
・その時の衝撃をどのように伝えたらいいものか。そこは四方すべてが青だけの世界でした。海も空も陸さえも青だったのです。しかもその青がそれぞれ異なる輝きを持っている。とりわけ陸地に見える山々が、子供のころ偏愛した水色のクレヨンで描いたような、淡く透きとおるようなブルーだったころが、こちらの胸に強く響いてきたのかもしれません。地中海の水は、イスタンブールのトプカプ宮殿で見たエメラルドや翡翠よりはるかに美しく、深い色をたたえていました。
・「でも大丈夫。あなたはとても強い星を持っているから」
・今の私だったら酒場で注文を訊かれてもナーダとは答えないだろう。なぜなら、私がナーダそのものだからだ。まさに今の私は、無にして無、ナーダ・イ・ナーダのようだった。ナイフで切り裂いても空気が洩れるだけでしかない・・・。
 私は自分が自分の命に対していまほど無関心になったことはないなと恐れながら、夜のマドリードを急ぎ足で歩いた。
・わかっていることは、わからないということだけ。
・「それに、独身でもありました」
 そこには微かだが我がことになぞられるような響きも含まれていた。独身でもありました、という「も」の中に、彼もまた自分と同じく独身でした、というニュアンスが籠められているように感じられたのだ。
・私はぼんやり時を過ごすうちに、不思議な感情にとらわれるようになった。言葉にすれば、ここには以前来たことがあるのではないだろうか、という思いだ。
 もちろん、そんなことはない。あるはずがない。サグレスという名前を知ったのもほんの三日前のことに過ぎないのだ。だが、時間が経つにつれて、かつて私はここにこうして立っていたことがある、という思いはますます強く、確固としたものになっていく。なぜだが理由はわからない。わかっていることは、それが私の内部の深いところから湧いてくる感情だということだ。
 まるで、私の体内に古い祖先の記憶が埋め込まれているかのように、記憶が甦ってくる。この崖、この海、この空、この音・・・。間違いなく、いつの日か、私はこの崖に立ち、このように海を眺めていたことがある・・・。
・RESTAURANTE E CASA DE CHA
何ということだろう。私は、あのイスタンブールのハナモチ氏が言っていた通り、ユーラシアの果ての国から出発して、アジアからヨーロッパへ、仏教、イスラム教の国からキリスト教の国へ、チャイ、チャといった「C」のチャの国からティー、テといった「T」の茶の国に入ったものとばかり思っていた。事実、ギリシャも、イタリアも、フランスも、スペインもすべて「T」の茶の国だった。ところが、そこを通り過ぎ、ユーラシアのもう一方の端の国まで来てみると、茶はふたたび「C」で始まる単語になっていたのだ。
・私は髭の息子が入れてくれた香り高い紅茶を飲みながら、これはあの懐かしい「C」の紅茶なのだと、笑いたくなるのをこらえながら思っていた。私は、「C」より出でて、今ふたたび「C」に到ったのだ・・・。



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2009年09月10日

深夜特急

備忘録

すべての旅に、神さまってついているのだと思う。
ポルトガルのお茶が、”C”で始まるところに、
ひどく感動して、号泣してしまった。

マカオ・・・ベラ・ビスタ・ホテル
ウィリアム・サロイアン「人間喜劇」
金子光春「落下傘」「おっとせい」「水勢」
ジョン・フォード「長い灰色の線」
ロバート・テーラー「哀愁」「ウォータールー・ブリッジ」
オードリー・ヘプバーン「昼下がりの情事」
「マラケシュの声」
「長距離ランナーの孤独」「去年マリエンバートで」「蜜の味」「エレクトラ」
ガルシア・ロルカ「血の婚礼」「イェルマ」「ベルナルダ・アルバの家」
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2008年07月13日

コーラス


原題 : LES CHORISTES
監督:クリストフ・バラティエ
出演:ジェラール・ジュニョ、フランソワ・ベルレアン、ジャン=バティスト・モニエ



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アポカリプト


原題 : APOCALYPTO
監督:メル・ギブソン
出演:ルディ・ヤングブラッド、ダリア・ヘルナンデス、ジョナサン・ブリューワー



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レッスン!


原題 : LESSON!
監督:リズ・フリードランダー
出演:アントニオ・バンデラス、ロブ・ブラウン、ヤヤ・ダコスタ



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カタコンベ


原題 : Catacombs
監督:トム・コーカー 、 デヴィッド・エリオット
出演:シャニン・ソサモン、アリシア・ムーア aka PINK



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スモーキン・エース


原題 : SMOKIN' ACES
監督:ジョー・カーナハン
出演:ベン・アフレック、アンディ・ガルシア、アリシア・キーズ



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ラブソングができるまで



原題 : MUSIC AND LYRICS
監督:マーク・ローレンス
出演:ヒュー・グラント、ドリュー・バリモア、ブラッド・ギャレット



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